
「畑の一角を売ってもらえませんか」
東海地方で果物農家を営む70代の男性のもとに数年前、地元の不動産業者がやってきた。ちょうど土地の整理を考えていた男性には好都合だったが、提示額は相場よりすこし安いように感じられた。
不動産業者から教えられた土地の買い手は、面識のない郵便局長だ。なぜ日本郵便ではなく、郵便局長が買うのか。不思議な気はしたが、業者からは「よくあることだから」と諭された。
その後、日本郵便東海支社の社員が訪ねてきた。局長と同じ勤め先なのに、社員は「日本郵便のほうに土地を譲らないか」と言ってきた。男性は素直に「値段がいいほうに売るよ」と応じたが、その社員が交渉を進めることはなかった。
結局、土地は局長に売ることで手を打った。交渉相手はずっと不動産業者で、局長とは契約手続きで初めて会ったという。
男性が手放した土地には今年、ぴかぴかの郵便局舎が建った。持ち主は当の郵便局長で、雇用元でもある日本郵便に貸して月数十万円の賃料を得ているはずだ。
日本郵便が直営する約2万の郵便局のうち、物件を借りている局舎は約1万5000局あり、賃料総額は600億円近くに上る。
内部資料によれば、郵便局長やその家族、元局長らが保有する局舎は2019年4月時点で1万局超。局数ベースで単純計算すれば、400億円規模が郵政社員やOBの懐に流れていることになる。
だが、ここで着目したいのは局舎の「ストック」ではなく、新たに移転したり開局したりする「フロー」のほうだ。
全国に約1万9000ある旧特定郵便局は、お金のない明治政府に代わり、地方の名士が自宅などを無償提供してつくったのが始まりだ。局舎が局長職とともに親から子、さらに孫らへと“世襲”で引き継がれた例も多い。
だが、同じ土地で建て替える新局舎ならまだしも、移転したり開局したりする新規の郵便局舎でも、局長になんとか持たせようという動きや構造が根強く残されている。民営化して14年もたつというのに。
朝日新聞の調査では、日本郵便が2018~20年に移転した局舎のうち、少なくとも3割の所有者が21年時点の局長名と一致した。これとは別に、元局長や、局長の家族とみられる所有者の物件もある。新築の戸建て局舎に絞れば割合はもっと高い。
土地の所有権を調べると、現役局長が保有する局舎用地の5割超が、局舎が移転する前の直近2年以内に取得されたものだった。残りの4割超の土地の多くは、局長が地主から借りているとみられる。
https://president.jp/articles/-/53081